2018年7月8日日曜日

なんばHatch 行ってきました!!! オーサム ワンマン!!


全国の水害本当に凄いことになってますね。

実態はまだまだわからないことがあって被害の全体像も見えないことが逆に不安感を募りますね。

被害に遭われた皆様には心からお見舞い申し上げますとともに、1日も早い命と暮らしの安全確保、普及と復興を心から願わずにはいられません。


ここでどうしても言わせていただきたいのは、安倍総理はこんな時期の外遊を中止すべきだということです。

そもそも6月いっぱいで国会を終わるはずの予定で夏休みを組んだ今回の外遊計画。

国民に対する優先順位を考えてほしいと思います。7月14日ですか?フランスで軍隊のパレードに自衛隊と共に参加するとかしないとか。

ぜひ国内に目を向けないと・・・


 実は7月7日、なんばhatchで行われたAwesome City Club ワンマンライブに行ってきたんですが、和歌山から行く方法もいろいろ難しい位厳しい交通網のマヒがありました。

もちろん京都や神戸から中国地方の鉄道やバスなどは走ってない状況で、よくあれだけの人々が参加してくれたと逆にすごく嬉しく思っています。

また個人的には、最近ライブ会場でSNSを通じてやりとりさせていただいてる方からお声掛けをしていただく機会が増えました。

もちろんTwitterなどのアカウントユーザ名ですからご本人を知る由もありません。

でもTwitterを見ていただき、マスクに横顔の私の写真が幸いしているようでよくお声掛けをいただきます。

SNSで最近のその方々のご様子を拝見しているだけですぐに話が通じあうことってすごく楽しいですよね。

だからオフ会とか楽しいんだろうなぁと勝手に想像しています。


今回、地元の小学校高学年の女の子もお母さんと参加してくれました。

たまたま私たちが高いフロアの先頭にいたのでその子にそのスペースで観てもらうことにしました。

彼女はダンスのレッスンをしているとかでいろんな会場に行っているのかな?

最初は少し遠慮気味だったのですけど、途中から周りのみんなと同じように手をあげたりクラップをしてくれていました。

さすがリズム感ばっちりです!

で、ちょうどその真下のフロアに若いご夫婦と3歳位のかわいい女の子。

時々お父さんが肩車してステージを見せたり、お母さんがリズムに合わせて抱っこして揺すったり。

ライブ時間が長いので大変だったと思いますが、最後まで(最後は少し眠そうだったけど)泣いたりせずにいてくれました。

よくがんばりました!

でもあの音量大丈夫かなぁ?

少し心配になりました。


思い起こせば、2013年12月19日の私のブログに初めてちゃんとした形でAwesome City Clubのこと書きました。

この時に心斎橋コンパスに来るには、東京から自分たちでレンタカーバンドワゴン運転して機材運んでみたいな感じだったと思います(もしお時間があれば私の昔のブログ覗いてくだされば幸いです)。

出演は3バンドぐらいDJ祭りみたいな感じでお客さん40人ぐらいだったかな。  

余談ですがこの時ポリンちゃんが私の隣で初めてクリトリック・リス氏のパフォーマンス見て「目が点」になっていたのを思い出しました。

一言・・・「すごい・・で・・・す・・ね」((〃艸〃)ム

お分かりの方・・・絵を想像してくださいね!!!





今回は、なんばhatchという素晴らしい会場でワンマンで。

そしてこんなにもたくさんの皆さんがあの天候の中集まって下さって、おまけに励ましもいただいて。

あの当時から思い出せばずいぶん会場は何倍も大きくなりました。

でも、是非是非、徹夜でメンバーでバンドワゴン走らせて、

明け方まで手刷りのTシャツを作って汗まみれで売りさばき、

一人でも多くの人たちに音楽を届けたいと思ったあの初心を貫いてほしいなぁと思いました。

で、メンバーの皆さんも体に気を付けて。

2018年5月10日木曜日

昭和歌謡を歌い継ぐ 若きバンドマン! 東京大衆歌謡楽団!!


沖縄の那覇ハーリーで見つけた面白いバンドがあります。

  昭和歌謡って皆さん知ってます?平成生まれの男兄弟4人がやってるバンドなんですけど面白いです!
お身内ににちょっと年配の方とかいたらお勧めしてください!
東京大衆歌謡楽団!

ちょうどこのステージ見ました。






ボーカルが長男、アコーディオンが次男、ウッドベースが三男、バンジョーが四男なんですね。実はみんな昭和末から平成生まれ。

今の若い人たちはあまり知らないと思うのでもう少しね。

1945年8月15日に日本は終戦を迎えました。もうすぐ73年になりますね。

それまでは何でもかんでも軍国主義です。

学校の教科書も音楽も生活も。

みんなで歌うのは軍歌ばかり。

若者のすぐ隣には「戦死」と言う暗い影が迫っていました。


祖父さも海へ、
父さも海へ、
兄さも海へ、
みんなみんな海へ。

海のむこうは
よいところだよ、
みんな行ったきり
帰りゃあしない。

おいらも早く
大人になって、
やっぱり海へ
ゆくんだよ。

『海へ』金子みすゞ


ちょうどそう今、近くにそんな国がありますけどね。

実は日本も73年前まではそうだったのですね。

そして大きな犠牲を払った戦争が終わって、若い人たちは何を歌っても良くなったのです。暗い時代から空が開けて光が差し込んでくるような時代。

そのころ若者が大きな声で歌い始めたのが昭和歌謡なんですね。

本当の気持ちや嬉しさ喜びを歌詞にメロディーにのせてあふれさせている。

そう思って少し聞いてください。その時代のことがちょっぴりわかると思います。


さてさて その時のライブ映像はこちらから
               ↓
   東京大衆歌謡楽団

2018年5月7日月曜日

ゴールデンウイークいかがお過ごしでしたか!!


皆さまゴールデンウィーク如何お過ごしでした?

海外、国内、家族サービス、実家でのんびりとか、自分の知り合いは音楽フェス巡りとかしたようですよ。

さて私どもは娘夫婦のところへ行ってきました。

   沖縄デス!

久々に娘夫婦と孫の顔を見に。

行くときはすでに飛行機が無くて3日の夕方着。

ホテル前にいい具合に沖縄料理店があったので好物の島らっきょうをはじめ、沖縄そば、テビチーに泡盛といい感じ。

時間が合えばライブも聴けますよ!




海ブドウもうまいよね!



ここは全体的に優しい味付けでホント美味しかった!


翌日、朝から娘夫婦と孫達と近所の公園にテントを持って遊びに出かけました。

ファミリーがたくさん来ていて、大体テント持ち込みのパターンでした。





というのも日差しが強くて、逃げ込む場所を確保しないと食事もろくろく取れない状態です。

でもやっぱり驚いた事は、公園で遊んでいる子どもたちの上を米軍機がひっきりなしに飛び交うことです。

冗談で「大阪の市バスぐらいの間隔で来るねえ」と話し合った位です。

大体5分に1回ぐらいでしょうか。

これが日常なんですよね。

爆音とともにやってきて!


でも子どもたちは何事もないような?

約5分ごとに飛び交います


本日メインは、今は亡き義父母と近しい親族が平和の礎に名前が刻まれているとの情報がありその確認に行くことでした。

当日は『平和こいのぼり祭り』ということで、でっかいのやら小さいのやら、沢山のこいのぼり!

巨大クレーンで釣り上げて10メートル近い大きさ

子どもたちが作った名前入りこいのぼり


「平和の礎」とは ←クリック

沖縄戦などで亡くなった国内外の24万人余のすべての人々に追悼の意を表して、

その御霊を慰めるとともに、今日、平和の享受できる幸せと平和の尊さを再確認し、

世界の恒久平和を祈念するために建立されたものです。

(沖縄県出身者については、昭和6年(1931年)の満州事変に始まる15年戦争の期間中に、県内外で戦争が原因で亡くなられた方々が刻銘されています)。

ここには国や民族の違いなく皆んなが平等に祀られでいます。





わかる限りの故人の名前が刻銘されています。

私も何度か訪れたことがありますが、まさか身近なところで関わりがあるとは思ってもいませんでした。

その方は2012年に改めて合祀されました。


情報は有りつつも最後まで遺体は見つからないままだったようでした。

同年、その方と同県から同船していた多くの方々も合祀されています。

今だにに身元が分かり追加される戦死者も多いようです。

あちこち探してようやくその名前を発見しました。




不思議に何だか懐かしい感じもします。

あちこちで座って、多分身内であろう方の名前をさすりながら静かに物思いにふける方も何人かおられました。

戦争はホントは今でも終わっていないのだなあと思いました。


夕食後は念願の「ネーネーズ」のライブに行ってきました。




ライブとはいっても夜10時からでお客さんもお酒が入ってるので、ま、酒場ですよね。

夕方からずっと入れ替えなしなんですよね。

それで二曲目に『平和の琉歌』を歌ってくれて、なんだか昼間のこともあって不覚にも涙が出てきて。








まぁ客とは言え、お酒飲んでますよね。

『平和の琉歌』←クリック

にもかかわらずこんな大事な歌を真剣に歌い続ける彼女たちに感激しました。

この歌、彼女たちが何代にもわたって20年近く歌い続けるのにはわけがあるんですよ。

きっと歌わないといけないという信念と現実があるんですよ。


翌日はこれも念願の「那覇ハーリー」を朝から見学。

那覇新港埠頭で毎年行われるのですが、まぁ早い話が地域職場対抗大型ドラゴンボートレースです。

でも埠頭全体が、(多分大きな野球グラウンド3枚か4枚分)お祭り会場となっていて、多種多様な出店があります。

またステージも小さいながら2つあり、公式ステージと音楽などを中心にするサブステージです。



今年は3日間で16万人が参加したみたいです!!

さすがに飲み会の後の締めに「肉」と言う土地柄だけあって、イベント会場どこに行っても肉、肉、肉の香りが充満。




全体が焼き肉屋の雰囲気です!!

このような体験は大阪の鶴橋以来!

幸い天候に恵まれたものの、逆に日差しはきつい!


ドラゴンレース、最初のほうは地域対抗、次に職場対抗、次に筋肉自慢対抗(自衛隊、米軍、消防など)。

最後に各地域の猛者が集まって本バーリーと真剣勝負の大盛り上がりを見せるレースとなっています。


ちょっと面白かったのは職場対抗で日頃デスクでしか仕事をしないIT企業対抗でした(NEC、IBM、ソニーなど)。



主催者のちょっとした意地悪感がわかる競争心を煽るような組み合わせ。


隣では小さな子が太鼓をたたきながら

「パパ〜〜がんばれ〜!」

と叫んでいましたが、残念ながらパパの力は及ばずでした。


さてこちらのパパは仕事でお留守だったので、夕食は娘と孫達とです。

今夜も沖縄料理のオンパレード。

この2 日でテビチーをほんとに4本ぐらい食べたような^^;

とにかく豚、豚、豚!

おいしいのですがここまで続くとさすがにね。


というのもホテルの朝食がバイキングの沖縄料理!

これはうまいんですよ、ホテルの名誉のために申し上げますが。

でも日によっては3食のうち3食とも沖縄料理!


いやーどうですか!^_^


食後は久方ぶりにカラオケに!

私と妻と娘と孫2人

娘とカラオケに行くのは初めて。

ちょっと聞いてみると、

  おや!なかなか上手じゃないですか!


負けじとこちらも

   B’z!

    尾崎豊!

そして車の中で聴き続けている

   Awesome City Club !!

やってみました!

娘がポリンパートで。


ダンシングファイター!

今夜だけ間違いじゃないことにしてあげる!


あきまへん!

全国平均点以下でございました!

きっとポリンパートが高すぎるんだわ!
(と、娘のせいにしておこう!)


皆様もカラオケに行ったときにはいちどチャレンジしてみてくださいね!





2018年3月22日木曜日

新生活にドキドキ!!


高校入試合格発表もありましたね。

桜もちらほらと咲き始め、春です。

入学、進学、就職、退職などなど人生の1つの転機となるのが春です。

親元を離れて一人暮らしをする不安感と期待感。

わかりますね~~~。

私の場合はとにかく大きな街に行って一人暮らしをしたかったですね。

私の息子の田舎から東京への引っ越しを手伝った経験を少しお伝えして何かの参考にしてもらえればと思います。

(もう今年の春の大学生では間に合わないかもしれませんけど)

部屋探しはやはり急がなければだめです。

東京や大阪の不動産屋さんは、店に契約者のバラの花が所せましとありましたね。

選挙の時によくあるやつです。

お店に通されるとちょっと威圧感ありますね。

「出遅れたか!!」的な。


部屋が決まるといろいろな手続きがあって、それから荷物の搬入になるわけです。

生活するのに必要な電化製品などどんどんメモに書き出していきます。

引っ越し先の近所のホームセンターも事前にチェックしておきます。

これ結構大事です。

カーペットなど大きなものはセンターから直接お願いすることも有効です。

田舎から都会に運べる量は決まっていますし、何より部屋は狭いので最小限からスタートがいいでしょう。

息子が東京に出た時は、新製品で揃えるのではなくほとんどリサイクルショップで揃えました。

洗濯機や自転車、冷蔵庫、ガスレンジ、テレビ等まで搬入設置もリサイクルショップがやってくれます。

ほとんど新品でした。

息子は気に入った靴まで買ってたな。

リサイクルショップが近所にあるのかもぜひチェックしてください。

近所にあれば相当ラッキーです!

通常の新品購入の半額で全部揃うと思います。

それから引っ越しの際には、すぐに必要になるものだけは別に箱詰めしておいた方が良いでしょう。

バケツに雑巾やカッターナイフにゴミ袋、ドライバーなどの簡単な工具類等ですね。

お部屋の準備はそんな感じで進めてもらいたいのですが、都会には都会なりの注意点がありまして。

新聞や宗教や某放送局やいろいろな方々その日のうちにもうやってきます!!

必ず来ます!!

日ごろからテリトリーがありますから空きアパートなどは常にチェックしているようです。

田舎から都会に進出する若者たちにはかなりの難敵です。

断っても断ってもやってきます。

ドアは開けない、関わらない!

その事は徹底的に伝えておいてほしいと思います。

余談ですが都会の家賃滞納に対する対応は非常に素早く厳しいです。

私が大阪で修行時代暮らしていたワンルームマンションの前の部屋。

借主が出て行った隙に管理会社の人がやってきてドアと鍵をロックしてしまいました。

後ほど帰ってきた住人が

「エェェ〜〜~~~~!」

と一言残してどこかへ消えていったのを鮮明に覚えています。

とにかく新しい出発のワクワク感を大事にして新生活を快適に送って欲しいですね。






2018年3月18日日曜日

実家の不動明王像・・・・


今日お寺から住職をお招きして、わが実家に伝わる不動明王像にお経あげていただき、その後御堂にある一切をお寺に引き取っていただきました。

自分にとっては子供の頃から見慣れた不動明王。

ですが既に実家が無人になっているために、今後お祭りすることができがなくなると考えていて。

読経の後、中のものを一つ一つ外に出しましたが役行者像や何かよくわからない小さな像が4体。

さすがご住職、像の細かいところの特徴を調べながらの説明。

それでも何かわからないとおっしゃる。

不動明王像の裏側を見ると写真のような刻文字が。

最後には日付が入れてあり、「明治29年3月28日」とある。

つまり1896年3月28日となります。

これは旧暦のため現在の暦に換算すると1896年5月10日。

また毎月28日が不動明王の縁日となることからこの日に刻まれたものと考えられます。

それからその場でもみんなで謎解きをしましたが、その手前に刻まれたこの文言。

いろいろ説がありました。最初の2文字がやはりネックとなりましたね。






後半は意外に楽に読めました。

「子ンブツシュ行」これは「念仏修行」ですよね。

さて頭の2文字です。いろいろ説が出ました。

「十大」?

「千大」?


そして私の推理です。

これ多分当たってると思います。


「千丈」だと思います。

「丈」は長さの単位で10尺です。

大まかに手首から肘までの長さを昔から一尺とします。

私の仕事である鍼灸の世界ではいまだに一寸一尺の単位を使っています。

「千丈」とは10000尺となります。


少しずれますけどここまできたら思い出しませんか?


『アルプス一万尺♫〜〜♩


小槍のう〜〜うえで』


槍ヶ岳の小槍の高さが大体10,000尺なんですねこれ。


さて本題に戻ると「千丈」とはまた「非常に長いこと」を意味するようです。

つまりこの像の作者は、

「これから先もずっと長く念仏修行を続けるぞ!」

という決意をここに刻んだのに違いないと思います。


122年前の私の祖先の決意みたいなものを感じました。

後はお寺でゆっくりと過ごしていただきたいと思います。


2018年3月8日木曜日

実家の片づけが終わらない!!


ようやく春らしくはなってきましたがなかなか気温が安定しませんね。

治療院の方では花粉症の方も増えはじめこちらもシーズン。

しばらくブログもお休みしていましたが実家の片付けシリーズを再開します。今年に入ってまだ何も書いてませんものね。

実は1月の半ば、プロの方にも入ってもらってまだ片付けを続けていました。

実家に隣接する畑の隣は竹やぶで孟宗竹。

それが実家のほうに入ってくるので親父が住んでる時はどんどん切り倒し横のほうに積み重ねていました。

また畑には大きな栗の木が4本と柿と蜜柑等々が茂っていました。

ところがこの栗の落ち葉の量!

風の向きによっては膝の深さ位まで積み上がります。

畑の隣が用水路ですからこちらに飛び込めば地域の皆様にとっても大変なことになります。

おまけに火を誘いやすく火がつくと山火事を起こしてしまいます。

休みを見つけては集めて焼却してきましたが1人では埒があきません。

ここで腹をくくりました。

ぜ~~んぶ伐採する!!!


親父が植えて高さ数メートルにまでなった栗の木ですがもうこちらも限界です。

造園業者さんに依頼しました。

そしてその次の日にもう一度家の片付けに行くと

どこからシャ〜〜と噴水のような音が!


うん??

音のする方向に進むと、なんと!

むき出しの水道管が抜けて
    水が吹き出している!

一瞬頭がパニックになりました!

えっ!!

いつから?!!


ひょっとしてこれ相当時間経ってるんちゃうん!!

あっか〜〜ん、!!


ドンダケの水道代やね~~~ん( ノД`)


とりあえず隣の家から道具を借りて元栓バルブを閉めます。 

そして水道屋さんに連絡を取るのですが町に4軒ある水道屋さんが全員留守です。

そうです日曜日だからです!

ただ幸運にも一軒だけが留守番電話だったので、この緊急事態の状態を必死で話しました。

すると30分近くたって連絡が。



20分ぐらいで行きます!!」

嗚呼!神様仏様水道屋さん!

ほどなく機材を積み込んだ軽トラがさっそうと登場!

「どこが漏れてますか??」


それからの彼の動きには一切の無駄がなく、ものの5分ほどで抜けたパイプを完璧に修理。


感謝感激雨あられ!

修理代はおいくらですかと尋ねると


「つないだだけですからお金は結構です」




え〜〜〜っ


かっこよすぎるやん!高倉健や!


でもこうも言ってました。


水道管があちこちで分岐されてますがこれはプロの仕事ではありませんよと。

ほら、見る人が見れば分かるのです。


70メートルほど離れた小さな小屋や畑につながる水道などの延長を行った素人。

これはまさに親父だ。

しかも地べたの上に直に水道パイプをはわしているという雑な感じ。


その少し前にあった寒波の時に水道管が縮んで抜けたと水道屋さんは推理していました。


そして私はまた思った。


水道料金ドンダケになんね~~ん!!

現在は伐採も終わり、畑の周りのゴミ類の撤去も終わり。


しかしまだ1つ大事なものが残っているのです。

実家に祀られてきた高さ1メートルほどの不動明王像。

おそらく明治時代にはあったはずです。

現在は御堂に安置されているもののお世話をする人も無くなりました。

傷みも相当進んでおります。

お寺さんに相談すると、魂抜きと後の管理は引き受けていただけるということです。

今月中旬にはこの法事を行わなければなりません。

このこともまたブログでご紹介したいと思います!


教訓!
空き家を管理している皆様!とりあえず水道は元栓から閉めておきましょうね。

では・・・

2017年12月18日月曜日

普天間第二小学校に行ってきました・・・


沖縄に行ってきました。

娘夫婦と孫達そして息子の所属しているAwesome City Club のライブを見に。


ライブはヤングオオハラという若いがボーカルの歌唱力がしっかりしたバンドとの対バン。

お客さんも双方とも凄く盛り上がって最後のアンコールには「イーヤーサーサー!!」コールがこだまする沖縄らしいライブでした。

すみません・・・今回のブログ、ライブ紹介は超簡単に・・


今回もう一つ沖縄で見たいものがあって。
それは小学校2年生の孫娘が通う  ・・・あの

普天間第二小学校

でした。
普天間第二小学校です


あの・・


という意味はもう皆さんご存知ですね。

自宅から歩いて15分ぐらいでしょうか。

この小学校はかねてから米軍基地に隣接しているため、

米軍機は小学校の上空を飛行しないとの約束でした!!



ところが現実には輸送機・オスプレイ・ヘリなどありとあらゆるものが飛行しているようです。


ついに12月13日、ヘリの窓枠が運動場に落下しました!!


ネットでニュースに確認し、すぐさま娘にメールをしました。

急いで保護者は昼から生徒たちを迎えにいかなければならないようでした。

幸いにも、偶然にも、軽症の生徒が1人で済んだようで

直接落下物に接触する生徒はいなかったのが本当に奇跡としか言いようがありません。


孫娘の話によれば事件は大休憩の10分前に起きたので、

もし10分遅れていたなら運動場は子供たちで溢れかえっていたのです。

その事件直後には思わず涙を流す先生もいたようです。

多くのマスコミが学校に押し寄せて、登下校する子どもたちにインタビューすることもよくあるそうです。

しかし孫娘の話では、学校側からインタビューには答えないようにと指導がされているようです。


この間ネットの情報などを見ていると


「なんでそんな危険な所に小学校作ったんだ」

「そんなに危険ならば移転すれば良い。なぜ移転しないんだ」

というような意見もありました。


あれあれ??ちょっと待って!!


危険にしたのは誰なんですか?



私たちが今考えそうな事はもう50年もの間







普天間第二小学校は父母も子どもたちも含めて、安全な小学校になるために歴史的にずいぶん苦労を重ね、そして考え、訴え続けているのです。

しかしそこには米軍という巨大な壁と、一方では国の政治姿勢も地域の情勢も深く絡み合っているのです。

政治に翻弄される「沖縄」の縮図がこの小学校の歴史でもあるのです。


少々長く難しくなりますが参考になる文献がここにあります。
    ↑↑  ↑
 

そして現地に行ってみて驚いたのは、小学校だけが注目されていますが、それこそ軒が突きあうようなところに幼稚園がありました!


万が一ここにヘリや飛行機が落ちた場合、小学校のみならず幼稚園も巻き込まれてしまうことを初めて知りました。






これは私が撮った運動場の写真です。

テレビの映像や写真では向こう側にあるフェンスまでずいぶん距離があるように写っています。

しかし正直、目測では100メートル位しかありません。

思ったよりも小さいグラウンドでした。


大休憩でここが子どもたちでいっぱいになる、そこに落下物が…

そう考えるとなんだか胸が張り裂けそうになります。


向こうのフェンスからあっちは米軍基地です・・・

運動場です。思ったより狭いです・・






ネギの栽培ですね

学校では玄関横で魚、亀を飼い、小さなお花を育てています。

面白いことに植木鉢でネギを育てています。

これはなんでも伝統だそうです。


ネギが苦手だった孫娘も、自分でネギを育てることでしっかり食べることができるようになりました。


この日は幸いにも米軍機と遭遇する事はありませんでした。

本来学校ってこうあるべきですよね。


沖縄の事は学ばなければいけないことはたくさんあります。


政治問題、経済問題、環境問題などなど。


それぞれ立場や考えの違いもあるでしょう。


でもどんな理由があっても、

子どもたちの命を危険にさらすようなことを絶対しないこと!!


これは大原則ではないでしょうか。

とりあえず「小学校の上を飛ばない」ことぐらい直ぐに出来ることですよね。

政治の判断もいらないでしょう・・・約束なんですから


もう一度この原点に帰って物事の仕組みを考えてみる責任が「日本」の大人にはあると思います。

とりわけ国の政治のトップに立つ方々は事実と向き合いしっかり対応して頂きたいものです。